弥勒の一日
護り屋の弥勒は、この日の夜も仕事に励んでいた。某政治家の高級な掛け軸を『護る』ことだ。しかし、やってきたのはまだ新米らしき裏家業の人だった。勿論、この世界に慣れている弥勒達にとってはつまらない仕事だった。
「・・・ったく・・・つまんねーんだよ!」
「椿、仕事につまらないも何もないだろう」
「・・・っち」
椿と夏彦が入れ替わりで会話をしていた。
「二人とも、仕事中だ。静かにしろ」
それを止めたのは緋影だった。そんな口論をしている間に、裏家業の人は気絶をしてしまった。最後に出てきた緋影が刀を鞘に納めた。
「これで仕事は終わりだよね」
雪彦が出てきて依頼人のところに向かった・・・が。
―クラッ―
突然立ちくらみがした。身体の中で兄達が『大丈夫か?』と気づかってくれていた。雪彦は大丈夫だと言ってまた歩き始めた。
仕事は無事に成功をして、自宅に帰った。そして、一日の疲れを取ろうと就寝したのだ。
―翌日―
「・・・っくしゅ!!」
くしゃみと同時に『ピピピッ』という機械的な音が響いた。ゴゾゴゾと脇の下から何かを出した。
「39度・・・完全に風邪を引いちゃったな・・・」
そう、雪彦は風邪を引いてしまったのだ。
「雪彦、大丈夫か?」
「今日は静かにしててよね?みんな」
奇羅々が静かにそう言った。仕事もないので雪彦の風邪を治すことを先決に考え、自宅で待機。
「こういう時、どうしたらいいんだ?」
「えっと・・・確か・・・って、私達が代わってあげればいいんじゃない?」
「あぁ?まぁ、確かにそうだけどよ・・・」
「え・・・え??」
雪彦は話の展開に追いつけないまま『中』に押し込まれた。
「さてと、じゃあ雪彦のために栄養の付くものを買ってこようか!」
奇羅々が先陣を切って病人食の材料を買いに出掛けた。
暫く歩くと、久しぶりにのんびり出来る時間ができたので嬉しさのあまり、散歩に近くなっていた。
『奇羅々・・・買い物に行くんだろう?』
「いいじゃない!たまには!」
上機嫌の奇羅々に対して他の兄達は・・・。
『やっぱ奇羅々も女なんだな〜』
『やはり、こういう時間も欲しいんだろうな』
『ひゃはは!何女ぶってんだよ』
『それは奇羅々に失礼だぞ』
『奇羅々も年頃の女だ・・・こういう時くらい好きにさせてやれ』
あーだこーだと会話をしているが、その片隅に目を向けてみると。
『あ・・・あの・・・僕病人だから静かに・・・;』
雪彦が風邪と闘っていた。
そろそろ公園から出ようとしたとき、見慣れた車があった。
「っあ〜・・・今日もビラが減らねぇ!」
「蛮ちゃん・・・本気でバイト探そうよ〜」
「黙れ!」
―ゴツッ―
「あれは・・・美堂蛮と・・・!?」
「銀次君vv」
『『雪彦!?』』
奇羅々を中へ無理矢理押し込んで雪彦が出てきた。
「あれ?雪彦君だー!」
「(あぁ・・・今日も可愛い笑顔で僕の方に向いてくれてるよ・・・そんな銀次君が大好きだvv)こんにちは、銀次君。何してるの?」
「今、ビラ配りしてたんだけど・・・誰も受け取ってくれなくて・・・」
「そっか・・・」
『雪彦!お前は風邪を引いてるんだろう!』
『安静にしていろ』
夏彦と緋影がそう言うが、銀次を目の前にした雪彦は気にしない。
「そうだ!オレ、渡したいもの・・・?」
「ど・・・どうかしたの?銀次君」
じーっと見てくる銀次にトキメキ(笑)を覚えた。すると、いきなり銀次の手が雪彦のおでこに触れた。
「やっぱり!!雪彦君熱あるじゃん!」
「え?あぁ・・・ちょっと風邪引いちゃって・・・今何か栄養の付くものを買いに行こうと思ってて・・・」
「駄目だよ!雪彦君は病人なんだから!!」
「でも・・・兄さん達がいてくれてるし・・・」
それでも駄目だ!と銀次が雪彦の手を引いてどこかへ歩き始めた。ちょっと焦り気味の銀次だったから歩く早さも速かった。
「ちょ・・・銀次君!?」
「オレが看病してあげるから!!雪彦君は家で寝てて!」
看病という言葉に雪彦は喜んだ。勿論、そんな表情を出さずに心の中でガッツポーズ。『中』の兄達はというと。
『『もう勝手にしてくれ』』
という状態だった。銀次は蛮に許可を貰って出掛けた。
雪彦の家に着くと、早速ぬれタオルや氷枕を用意してくれた。よくあの銀次がここまで出来るな・・・と感心しながらも言うとおりに布団の中で安静にする雪彦。
「(誰かがこうやって看病してくれるって・・・安心するものなんだね)」
そんなことをぼんやり考えていた。安心した所為か、急に咳が出るようになった。雪彦の咳を聞くと、銀次が心配そうに様子を伺いに来てくれている。その間にも看病の準備が出来上がってきていた。最後に雪彦の頭にタオルを乗せて一息ついた。
「・・・っと。これで後は安静にしてればいいんだよね!」
一つのことを成し遂げたという喜びに笑顔をこぼす。そんな銀次が愛おしくなって雪彦は布団の中から手を出して銀次の手を握った。それに応えるように銀次が握り返してくれた。たったそれだけなのにすごく幸せに感じる。
「・・・今まで・・・こうやって誰かに診てもらうってことをあまりしなかったから・・・」
突然話し始めた雪彦に視線を移した。目を閉じたまま雪彦は話しを続けた。
「僕には・・・いつも兄さん達がいてくれて・・・安心するんだけど、周りの・・・世間の人達はそんな僕達を恐れて一定の距離を保とうとして離れて・・・だから、こんな風に看病してくれる・・・心配してくれる人がいなくて・・・」
「うん」
「銀次君は・・・距離を置こうとか思わなかったの?」
熱の所為だろうか・・・いつもよりもマイナスの方向へと考えが行ってしまう・・・いや、これはいつも思っていたこと。銀次があまりにも自分に優しすぎるからそんなことを聞いてしまうのだ。
「何で?雪彦君は雪彦君じゃん!オレだって電気操るしさ。蛮ちゃんにいっつも『電気うなぎ』って言われてるんだよ?」
そんなことを笑いながら話す銀次を見て雪彦は握る手に力を込めた。
「いっ・・・雪彦君?」
何か気に障るようなことを言ったのかと焦るが、すぐに雪彦の言葉が聞こえてきた。
「違うよ・・・嬉しいんだよ」
「え?」
「そのままでいてね?」
雪彦の言っていることがよく分からなくて聞き返した。だが、雪彦は何も言わずに目を閉じている。その所為で沈黙が続いた。静かに見守っていた銀次が突然声をあげた。
「あ!!」
「ど・・・どうしたの?」
「あ・・・声上げちゃってごめんね?」
そう言いながら銀次はベストのポケットから何か小さな袋を出してきた。そして、それを雪彦の手に握らせた。
「・・・銀次君、これは?」
「えへへ・・・開けてみて!」
なんだろうと思いながらも身体を少し起こしてその袋を開けてみた。その中には、クロスのピアスが入っていた。
「え?何で?」
「何でって・・・今日って雪彦君の誕生日でしょ?」
「・・・誕生日って・・・僕の?」
「うん」
「えと・・・僕の誕生日は・・・先週だよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇ!?」
銀次に渡されたものは雪彦への誕生日プレゼントだったらしい。だが、雪彦の誕生日は24日。ちょうど一週間前なのだ。
「あれ!?えと・・・あ;」
どうやら思い出したようだ。
「雪彦君、ごめんね!!でもね!!」
「銀次君、ありがとう」
銀次が謝ろうとしていたが、それを雪彦は止めた。まだすまなそうな顔をしている銀次に優しく微笑みかけた。
「銀次君が僕の誕生日を覚えて・・・しかも、プレゼントまで用意してくれて・・・それだけでもう十分なんだよ?」
誰も『おめでとう』なんて言ってくれないと思っていたのに、思いがけないところで言われた。その思いがけなさが嬉しい。
「えへへ・・・雪彦君、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、銀次君」
その後、僕は熱が上がってきたからクスリを飲んで寝てしまった。けど、次に起きたとき、銀次君がすぐ傍にいてくれて・・・。心が暖かくなった。熱が下がっていることに気が付き、周りを見回すと色々なものが床に散らばっていた。それは、銀次君が寝ずに看病をしていてくれたからだと分かった。握られた手に小さな傷がいくつも付いていた。すやすやと眠る銀次君を見てまた心が暖かくなった。今の銀次君が好きだから・・・ずっとそのままでいてね?
「ありがとう、銀次君」
僕はその後、銀次君のために朝食を用意し始めた。
―一方、他の弥勒兄弟―
『雪彦、元気になったのか?』
『・・・って、雪彦!てめぇ、さっさと俺を外に出しやがれ!』
『駄目だわ・・・雪彦ったらあの子と一緒にいたいからって私達を出そうとしない・・・』
『何て意思の強い弟なんだ・・・』