あるひととき
「それじゃ、僕と悟空は買出しに行ってきますね」
そう言ってこの部屋を出て行ったのは丁度一時間前。当然、三蔵は買出しなんか行かない。悟浄は、暑いからと言って悟空に無理矢理押し付けた。その結果、悟浄と三蔵はクーラーの利くこの部屋でお留守番中。
「あー・・・やっぱ夏にクーラーは欠かせないよな」
「ふん」
三蔵は素っ気なく言うが、悟浄にしてみればこんな何の意味もない問いかけに反応を見せる三蔵が珍しくて嬉しかった。口元が寂しいと感じた悟浄は自分の煙草を取り出し、火をつけようとした。
「おい」
「ん?」
「火、貸せ」
「三蔵、自分のは?」
「ねぇから言ってんだよ。さっさとよこせ」
悟浄は『はいはい』と言いながら三蔵にライターを投げた。それを受け取り、三蔵も悟浄と同じように煙草に火をつけた。すると、お互いの煙草の匂いが混ざり合って部屋に広がった。
「・・・あ、三蔵」
「何だ」
「灰皿、ちょーだい」
「・・・勝手に使ってろ」
妙に(三蔵にしては)優しい言い方。何でだろうか。そう思ったが、落ちそうになってる灰をみて悟浄は三蔵の近くにあった灰皿に近づいた。
―フワ・・・―
風が悟浄の髪を揺らした。そこまで言って悟浄は三蔵がやけに優しい訳が分かった。けど、三蔵は相変わらず新聞を読んで・・・。
「・・・?」
いなかった。三蔵の視線は悟浄の髪に向けられていた。少し珍しい三蔵に悟浄は声をかけずには居られなかった。
「何?三蔵」
「・・・ふん。てめぇがそこにいると暑苦しいんだよ」
さっさとどけ、と三蔵は新聞に目を落としながら言った。悟浄は『あぁ、やっぱり』と確信した。
「(こいつ、クーラーで涼しいから機嫌がいいんだ)」
久々に機嫌のいい三蔵が機嫌を損ねないようにさっさともとの位置に戻ろうとした。
「おい」
また声を掛けられた。悟浄は今度はなに?と目で言った。
「てめぇ、何処に行くんだよ」
「は?いや、だから自分の居た場所に」
悟浄が居たのは入り口の近くにあるテーブル。そして、三蔵が居るのはクーラーが当たる窓辺のテーブル。入り口と窓際は結構な距離があったのだ。三蔵は一向に黙ったままだった。
「・・・えーっと・・・三蔵?」
「・・・」
「何?どーしたの」
「こっちに座ればいいだろうが」
「へ?いや・・・だって三蔵さっき『さっさとどけ』って言ったっしょ?」
「だから、こっち側に座ればいいだろうが」
そう言いながら三蔵は自分の右側を指差した。そこは、三蔵の隣だった。勿論、クーラーの反対側。
「・・・三蔵?今日どーしちゃったのよ」
「何がだ」
「やけに優しいじゃない?」
そう言いながら悟浄は三蔵の隣に座った。すると、三蔵はまた新聞に目を落とした。
「ふん・・・たまにはいいだろーが」
「たまには・・・ねぇ」
どうせなら毎日優しくしなさいよ?と思いながらもそれを口にしない。
ま、今はこの三蔵の優しさに甘えよっか?
勝手にしろ。
ある日の幸せなひととき